タルタリアの怒りは凄まじく、カルダノに対して公開数学決闘を要求しました。しかし、名声を確立していたカルダノは表舞台に立たず、愛弟子であるルドヴィコ・フェラーリを代理人として送り込みます。
フェラーリは10代でカルダノの召使い兼秘書として雇われながら、その並外れた数学的才能を開花させた若き天才でした。フェラーリは師カルダノが3次方程式の研究を進める傍らで、なんと「4次方程式の解の公式(フェラーリの公式)」を発見していたのです。
フェラーリの解法は、4次方程式を巧妙な式変形によって「3次方程式(分解方程式)」へと帰着させ、カルダノの公式を用いて解を導き出すという圧巻の手法でした。この成果も『アルス・マグナ』に同時収録され、カルダノ陣営の優位を決定づけました。
1548年にミラノで行われたタルタリアとフェラーリの公開討論対決は、圧倒的な実力差と地元観衆の後押しによりフェラーリが完勝。敗れたタルタリアは職を失い失意のうちに生涯を終えることとなりました。3次方程式と4次方程式の解法が出揃ったことで、代数学はルネサンス期最大のブレイクスルーを達成したのです。