中澤裕子のプロフィールと経歴を語る上で欠かせないのが、芸能界入り前のOL時代とテレビ東京系オーディション番組『ASAYAN』でのエピソードです。
京都府福知山市出身の中澤裕子は、高校卒業後に地元や大阪で一般企業の会社員(OL)として約6年間勤務していました。当時、社内でもその端正なルックスは目立っており、堅実な社会人生活を送っていたものの、幼少期からの夢であった歌手への道を諦めきれず、1997年に開催された「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」に応募します。
このオーディションの最終選考には落選したものの、同じく最終候補に残った石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香と共に、プロデューサーのつんく♂から「インディーズシングル『愛の種』を5日間で5万枚手売りできたらメジャーデビュー」という条件を提示され、モーニング娘。初期メンバーとしての挑戦が始まりました。
当時、最年少の福田明日香が12歳(中学1年生)だったのに対し、中澤裕子はデビュー当時24歳。安定したOL生活を辞めて退路を断ち、全国のCDショップを手売りで回る過酷なキャンペーンを完走。年齢差のある少女たちをまとめ上げる責任感と、夢に賭けた覚悟が彼女の美しさに強い芯を与えていました。