古田敦也を語る際、メディアは判で押したように「野村克也の最大の遺産」「ID野球の正統後継者」と形容します。しかし、この図式を鵜呑みにすることは、彼の真の凄みを見誤る盲点となり得ます。
野村克也の「ID野球」は、データを徹底して頭に叩き込み、確率論に基づいて相手を追い詰める管理型の戦術でした。しかし古田自身は、野村の教えを忠実に実行しただけの優等生ではありませんでした。グラウンドに立てば、データに現れない打者の微小な息遣いやその日の直球のキレを現場感覚で瞬時に判断し、あえて野村のベンチサインと異なる球種を要求して幾多のピンチを脱してきました。
「データは所詮、過去の記録。最後に打者を打ち取るのはマウンドの投手と自分の直感」という思想は、むしろ野村の管理野球を脱構築した「古田独自のハイブリッド野球」でした。師弟関係でありながら、最後まで互いのプライドをぶつけ合った対等な関係性こそが真実であり、単なる「野村のコピー」というネット上の紋切り型の評価は、古田敦也という野球人の本質を捉えきれていません。