彼女が日本の音楽業界に残した功績は、言葉では語り尽くせない。1960年に発表された「アカシアの雨がやむとき」は大ヒットを記録し、当時の安保闘争という時代背景とも重なって社会現象となった。憂いを帯びた低音と、どこか切なさを漂わせる歌声は、人々の孤独や哀愁に寄り添い続けた。
その後も「東京ブルース」や「女の意地」など、ポリドール・レコードの看板歌手としてヒット曲を連発。昭和歌謡の黄金期を象徴する存在となり、NHK紅白歌合戦には通算10回出場という快挙を達成した。ムード歌謡というジャンルにおいて、彼女の右に出る存在はいなかったと言っても過言ではない。