離婚の痛手を経た市毛良枝の前に立ちはだかった次の試練が、最愛の実母・トミさんの認知症発症と、その後に続いた約10年間の在宅介護でした。市毛良枝は仕事を続けながら母を自宅に引き取り、献身的なケアを続けました。この壮絶な実体験は、著書『お母さん、一緒に行こう』や『母のいる場所』などの手記に克明に記録されています。
介護初期の彼女は、「娘である自分がすべてを背負わなければならない」という強い責任感に縛られていました。しかし、症状が進むにつれて母の理不尽な暴言や徘徊に直面し、心身ともに限界へと追い詰められます。当時の心境について、手記では「母を愛しているはずなのに、憎しみや苛立ちが湧き上がってしまう自分が恐ろしかった」と赤裸々に告白しています。
この苦悩を救ったのが、介護のプロや専門職のアドバイスによる「心理的バウンダリー(境界線)」の確立でした。家族社会学や心理療法の現場において、母親と娘のあいだにはしばしば「共依存」の構造が生まれます。市毛良枝は、母の人生と自分の人生を切り離し、デイサービスやショートステイなどの社会資源を積極的に頼ることで、初めて「母を愛する娘」としての穏やかな関係性を取り戻しました。2014年に母親を看取った後、彼女が発する介護への提言が多くの当事者の共感を呼ぶのは、自らの挫折と受容のプロセスを経ているからにほかなりません。