戦後の高度経済成長期からバブル期、そして平成、令和へと至る日本社会の美意識の変遷を辿ると、興味深いサイクルが見えてきます。好景気の時代にはギラギラとした華やかな「ソース顔」が脚光を浴び、閉塞感や癒やしを求める時代には脱力感のある「塩顔」がブームとなる傾向がありました。
しかし、どの時代においてもセンターポジションから決して陥落しなかったのが「しょうゆ顔」です。これは、日本人が無意識のうちに美の基準として求める「中庸(過不足がなく調和がとれていること)」の象徴だからに他なりません。
流行の波に流される一時的な消費財ではなく、文化的なスタンダードとして愛され続けるしょうゆ顔。彼らが放つ静かで力強い魅力は、今後も日本の映像文化の中心で輝き続けることは間違いありません。