なぜ世界は葛飾区山本亭を絶賛するのか?名庭園と和洋折衷美の深層

なぜ世界は葛飾区山本亭を絶賛するのか?名庭園と和洋折衷美の深層

なぜ世界は葛飾区山本亭を絶賛するのか?名庭園と和洋折衷美の深層に関する疑問や疑問点を初心者にも親しみやすくまとめました。要点を確実におさえることができます。

今日、公の文化遺産として親しまれている山本亭ですが、その出自は民間企業の創業者の私邸でした。手掛けたのは、カメラ部品製造のパイオニアである合名会社山本工場(後の山本カメラ部品製作所)の創業者、山本栄之助氏です。

栄之助氏は、もともと浅草周辺に拠点を置いていた工場と住居を、大正12年(1923年)の関東大震災を契機に柴又の地へと移転させました。当時急速に発展を遂げていた日本の精密光学産業において、山本工場が製造するカメラのシャッターや精密部品は高い精度を誇り、業界を牽引する存在でした。その事業の成功を背景に、大正末期から昭和5年(1930年)頃にかけて増改築を重ね、現在の壮麗な邸宅が完成に至ったのです。

山本家四代にわたって大切に受け継がれてきたこの屋敷は、昭和63年(1988年)に葛飾区が取得。建物の保全と庭園の整備を経て、平成3年(1991年)から一般公開が始まりました。単なる富豪の別邸ではなく、日本の近代ものづくりを支えた実業家の情熱と美意識が、建物の隅々にまで息づいています。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。