なぜ記者クラブ廃止は進まないのか?既得権益と閉鎖性の実態を暴く

なぜ記者クラブ廃止は進まないのか?既得権益と閉鎖性の実態を暴く

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日本国内で記者クラブ解体の現実的な契機がなかったわけではありません。最大の転換点となったのは、2001年5月15日、当時の長野県知事・田中康夫氏が打ち出した脱記者クラブ宣言でした。

田中知事は就任後、県庁内にあった記者クラブを廃止し、クラブから記者会見の主催権と記者室を剥奪しました。代わりに県民やあらゆるジャーナリスト、フリーランス、海外メディアに開かれた「メディアサロン」を設置。公費による机や電話の提供を取り止め、記者会見を誰でも自由に参加・質問できるオープンな場へと再編したのです。当時、公の場で田中知事が見せた毅然とした姿勢と、大手メディア記者の困惑した表情は、テレビのワイドショーを通じて全国に衝撃を与えました。

しかし、この改革に対して大手メディアは激しい抵抗を示しました。一部の記者クラブ加盟社は会見のボイコットを画策し、県政に関する報道で田中知事への批判的なトーンを強めるなど、陰湿な摩擦が長期にわたって続きました。その後、2009年に誕生した民主党政権下でも一部の省庁で記者会見オープン化の試みが導入されたものの、自民党への政権交代とともに運用は大幅に後退。結局、幹事社制度の維持や「事前の書面申請」「クラブ側の許諾」といった煩雑なハードルが再設置され、オープン化の看板だけを残した骨抜き状態へと逆戻りしていった歴史があります。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。