昔の数字の漢字「大字」一覧!なぜ壱や弐を使うのか驚きの理由を徹底解説

昔の数字の漢字「大字」一覧!なぜ壱や弐を使うのか驚きの理由を徹底解説

昔の数字の漢字「大字」一覧!なぜ壱や弐を使うのか驚きの理由を徹底解説に関する最新の話題を分かりやすく解説いたします。

近年、相続手続きの義務化や家系図作りの広がりによって、法務局で明治・大正・昭和初期の「改製原戸籍」や「閉鎖登記簿」を取得・判読する一般市民が急増しています。ここで多くの人が直面するのが、戸籍に記載された生年月日や番地の旧字体・大字の読み間違いです。

例えば、明治時代の戸籍には以下のような表記が日常的に用いられていました。

  • 明治肆拾壱年(明治41年):「肆」が4、「拾」が10、「壱」が1を表す。
  • 大正漆年(大正7年):「漆」がサンズイであるため地名や人名と誤認されやすいが、数字の「7」。
  • 昭和捌年(昭和8年):「捌」の手へんを見て動詞と勘違いしやすいが、数字の「8」。

司法書士や行政書士の実務現場からは、「戸籍の『参男(三男)』や『伍女(五男/五女表記)』、あるいは番地表記の『阡(千)』『佰(百)』を見落とし、法定相続情報証明制度の申請で補正(やり直し)を求められるケースがある」という注意喚起がなされています。古い公文書を解読する際は、前述の「大字一覧表」を手元に置いて照合することが確実な手続きへの近道です。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。