反乱軍の襲撃目標となったのは、青年将校らが「君側の奸」「国賊」とみなした政府最高幹部たちでした。極寒の早朝、重武装した部隊がそれぞれの邸宅へ乱入し、凄惨な襲撃を行いました。
大蔵大臣を務めていた高橋是清(当時81歳)は、赤坂の私邸で就寝中に銃撃され、軍刀で斬殺されました。高橋は世界に先駆けてケインズ的政策を打ち出し日本経済を恐慌から回復させた大恩人でしたが、膨張し続ける軍事費を抑制しようとしたため、軍部から激しい憎悪を買っていたのです。襲撃時、高橋は「馬鹿者が!」と一喝しましたが、凶弾に倒れました。
内大臣の斎藤実(前首相)は数十発の銃弾を浴びて即死。教育総監の渡辺錠太郎陸軍大将も私邸で家族の目前で射殺されました。侍従長の鈴木貫太郎(後の終戦時首相)は複数箇所の銃撃を受けて瀕死の重傷を負いましたが、妻・たかの命乞いと奇跡的な緊急手術によって一命を取り留めました。
最大の標的であった現職内閣総理大臣の岡田啓介は、首相官邸を急襲されたものの、義弟であり秘書官を務めていた松尾伝蔵(元陸軍歩兵大佐)が岡田の身代わりとなって射殺されたことで難を逃れました。岡田本人は押し入れや女中部屋の奥に隠れ続け、後から弔問客を装った憲兵や秘書たちの手引きによって、反乱軍が占拠する官邸から奇跡的に脱出を遂げています。