御幸一也の高校野球生活の中で、読者の胸を最も締め付けたのが、1年秋の東京都大会決勝で見せた怪我を隠した理由です。準決勝の成孔学園戦において、本塁クロスプレーで巨漢打者の体当たりを受けた御幸は、脇腹に鈍い激痛を覚えます。精密検査を受ければ即座に出場停止となる重度の肋骨骨折・筋肉の損傷を負いながら、彼は周囲に一切の弱音を吐かず、痛みを隠し通して薬師高校との決勝戦マスクを被り続けました。
彼がこれほどまでに無謀とも言えるリスクを冒して怪我を隠し続けた真相には、2つの決定的な理由が存在します。
第1に、片岡鉄心監督の辞任問題です。夏の大会で甲子園を逃した責任を取り、秋季大会終了をもって辞任することを表明していた片岡監督。恩師を男にするため、再び甲子園へ連れていくには、秋の東京王者になってセンバツ出場権を勝ち取る以外に道はありませんでした。
第2に、新チーム発足に伴うキャプテンとしての責任感とチームの精神的支柱としての自負です。前キャプテン・結城哲也らの世代が引退し、投打の要であり主将も務める自分が戦線離脱すれば、発展途上だった新チームの士気が一気に瓦解することは明白でした。自らの身体を犠牲にしてでも勝利をもぎ取るという凄絶な覚悟は、孤高だった御幸が「チームのために生きる」覚悟を決めた痛烈な転換点だったのです。