物語の構造を決定づけているのが、「現在」と「2年前」という二つの時間軸が交互に語られる構成です。「現在」は大学新入生の椎名の一人称視点で語られ、謎の青年・河崎に振り回されながらペットショップの店長・麗子と出会う日々が描かれます。一方で「2年前」は三人称視点となり、正義感の強い女性・琴美と、彼女の恋人である心優しいブータン人留学生ドルジ、そして琴美の元恋人で陽気な美青年・河崎の奇妙な三角関係が綴られます。
この二つの時間軸が交わった瞬間、読者は目を見張るどんでん返しに直面します。現在の時間軸に登場していた「河崎」の正体こそ、2年前の過去編にいたドルジその人だったという事実です。本物の河崎は、過去の奔放な女性関係からHIVに感染し、病によって既にこの世を去っていました。ドルジは親友の死後、自らの名前とアイデンティティを捨て去り、外見や立ち居振る舞いまで河崎に擬態して生きていたのです。
ドルジがこれほどまでに過酷な自己否定と偽装に身を投じた背景には、仙台の街で起きていた陰湿なペット殺傷事件がありました。街の野良犬や猫を車で執拗に轢き殺して嘲笑う3人組の凶悪な若者たち。曲がったことが許せない琴美は、事件の現場を目撃したことで彼らに目を付けられ、自宅や外出先で執拗な嫌がらせを受けます。琴美とドルジ、河崎は警察に相談するものの、決定的な証拠がないとして警察は本格的に動きません。
そして悲劇は訪れます。琴美は若者たちの卑劣な罠にかかり、車で撥ねられて命を奪われてしまいます。警察が事故として片付けようとする理不尽の中で、本物の河崎も病に倒れ他界。愛する人と友人を同時に失ったドルジは、警察も神も信じることをやめ、河崎の名を騙って3人組への復讐計画を単独で推し進めていたのでした。