愛犬の口臭や歯の黄ばみに焦る飼い主の心理につけ込むように広まったのが、「無麻酔で安心」「日帰りですぐに真っ白」と謳うトリミングサロンや出張業者による無麻酔デンタルケアです。しかし、米国獣医歯科協会(AVDC)をはじめ、世界各国の獣医歯科学会は「無麻酔によるスケーリングは動物福祉に反し、治療効果がないばかりか極めて危険である」という公式声明を一貫して発表しています。
無麻酔施術が孕む決定的な欠陥は、「病巣の本丸である歯周ポケット内の処置が一切できない」点にあります。歯石取りで真に除去しなければならないのは、目に見える歯冠(表面)の歯石ではなく、歯肉の下数ミリに潜り込んだ歯根面の歯石と細菌バイオフィルム(歯周病菌の巣窟)です。知覚がある状態で先端の鋭利な金属スケーラーを歯周ポケット深くに差し込めば、激痛により犬が暴れるのは自明であり、深部の除菌など物理的に不可能です。
都内の動物医療センターに勤務する獣医師は、現場の実情をこう吐露します。「サロンの無麻酔歯石取りに通っていたトイプードルが、口を痛がってご飯を食べられないと来院したときには絶句しました。歯の表面だけは削られて一見白く見えましたが、歯肉をめくると中は膿でドロドロ。歯を支える骨は完全に消失しており、触れただけでグラグラと揺れる状態でした。表面だけ綺麗にして飼い主を安心させた結果、内部の病気の進行を数年間も覆い隠してしまったのです」。
さらに物理的な外傷事故も深刻です。施術中に犬が恐怖で突発的に動いた結果、スケーラーが舌や歯肉に突き刺さる重度の裂傷、パニックを起こした犬を力づくで押さえつける(保定)ことによる頚椎損傷や気管虚脱の悪化、さらには恐怖ショックによる心停止など、取り返しのつかない医療事故が国民生活センターや動物病院へ多数報告されています。