性分化疾患を巡る医療史の中で、最も激しい論争と反省が繰り返されてきたのが「乳幼児期における性器形成手術」の是非です。昭和から平成初期にかけての小児医療では、「外見を早期にどちらかの典型的な性別に近づけることが、子宮の喪失やアイデンティティの混乱から子どもを守る」という外科医の善意に基づく方針が主流でした。陰核縮小術や造膣術が、当人の同意なしに乳児期に執刀されていた時代が存在します。
しかし、成長した当事者たちの手記や国内外の当事者団体による訴えによって、その深刻な後遺症が白日の下に晒されることとなりました。思春期以降に現れた自身のジェンダー自認と、幼少期に強制的に割り当てられた外科的外見との不一致、手術痕による性器の知覚麻痺や慢性的な疼痛、そして「親や医師から本当の身体の状態を隠され続けてきた」という精神的トラウマです。
これを受け、近年の日本小児内分泌学会および国際的なコンセンサスは根本的な方針転換を遂げました。排尿障害の解除や悪性腫瘍の予防といった緊急の医学的適応がない限り、純粋に整容的な外性器手術は、子ども本人が十分な説明を受け、自身のジェンダーアイデンティティを確立してインフォームド・アセント(同意)を示せる年齢まで延期することが現在の医療倫理における確固たる基本原則となっています。
【プロの結論】医療者・家族が直面する心理的バウンダリーと親のエゴの越境
新生児に性分化疾患の疑いが告げられた際、多くの親は激しいショックと「普通に育ててやりたい」という焦燥感に駆られます。ここで家族社会学および臨床心理学の観点から警戒すべきは、親の不安を解消するために子どもの身体へ外科的介入を急がせてしまう「心理的バウンダリー(境界線)の侵犯」です。
「周囲の目を気にして早く男か女の形に確定させたい」という願望は、無意識のうちに親自身の世間体や不安を子どもの身体に転嫁する行為になり得ます。性器の形状が人と異なることは、直ちにその子の人格や幸福を否定するものではありません。大切なのは、身体の先天的特徴を隠蔽することではなく、成長の各段階で本人が自己肯定感を損なわずに受け止められるよう、事実を段階的・誠実に共有していく医療・家族間のコミュニケーション環境です。