ネット上の情報空間には、古くから語り継がれているものの、現代の楽器構造においては科学的根拠を欠く「俗説」がいくつか散見されます。その代表格が「弦をすべて一度に外すとネックが急激に逆反りして狂うため、1本ずつ交換しなければならない」という定説です。
この説についてギタービルダーや修理工房に取材を試みると、明確な回答が得られます。「トラスロッドが適切に機能している健全なギターであれば、15分〜30分程度すべての弦を外したところでネックが致命的に変形することはまずない」というのが現代の結論です。むしろ、弦をすべて外さなければ、指板のフレット脇に蓄積した皮脂汚れの除去や、フレットの酸化皮膜を磨き落とす作業が物理的に行えません。指板を放置して乾燥によるひび割れやフレット浮きを招くリスクの方が、楽器の寿命にとっては遥かに深刻な打撃となります。
さらに、プロの現場で必ず行われるのが「弦張り替え直後のプレストレッチ(弦伸ばし)」です。弦を張って正しい音程に合わせた後、12フレット付近で弦を指で優しく数ミリ持ち上げ、サドルとペグポストの両端にテンションを馴染ませます。このとき、天井に向かって力任せにギューッと引っ張り上げるのは大きな誤りです。過度なストレッチは弦の内部構造を局所的に破壊し、新品の弦の芯線を伸ばしきって「音の死んだ弦」にしてしまいます。軽くテンションをかけては再チューニングする工程を2〜3回繰り返すだけで、新品特有のチューニングの狂いは数分で収束します。