いま国際社会が固唾をのんで見守っている最大の地政学的火種が、次期後継者問題の真相と、チベット仏教特有の「転生(トゥルク)制度」をめぐる主権争いです。
チベット仏教において、高僧は自らの意思によって再びこの世に肉体を持って生まれ変わると信じられています。しかし、ダライ・ラマという強大な精神的求心力を自らの管理下に置きたい中国共産党政府と、宗教の純粋性とチベットの精神的自由を守りたい法王庁との間で、転生制度と中国政府の対立は抜き差しならないレベルに達しています。
中国政府は2007年に施行した「チベット仏教の活仏転生管理弁法(国家宗教事務局令第5号)」を盾に、「中国国内におけるすべての転生霊童は、国家の法規制に従い、最終的に北京の中央政府による承認を受けなければ無効である」との立場を強固に主張しています。清朝時代に導入された「金瓶掣籤(きんぺいせいせん=金色の壺から籤を引く儀式)」を国家統制の正当化として利用し、中国共産党の意向に沿った「官製ダライ・ラマ15世」を擁立する青写真を描いています。
これに対し、ダライ・ラマ14世は自著や幾度もの公式声明を通じて、真っ向から反論を突きつけています。
「私の転生は、法王としての使命を引き継ぐためのものであり、自由な国において発見される。共産党のように魂の輪廻転生を否定する無神論の全体主義政権が、次期ダライ・ラマを指名する権限など露ほどもない」
法王はさらに踏み込み、「民衆が望まないなら、ダライ・ラマ制度そのものを私の代で終結させてもよい」「女性として転生する可能性もある」「生前に後継者を指名する(高僧会議による選定)方式も排除しない」など、中国政府の政治的策略を無力化するための奇策をいくつも提示してきました。
もし法王が遷化(死去)された場合、インド・ダラムサラの法王庁が認定する正統な「自由世界のダライ・ラマ15世」と、北京政府がチベット自治区内で勝手に擁立する「共産党公認のダライ・ラマ15世」という、2人のダライ・ラマが並立する決定的な分断危機が生じることはほぼ確実視されています。