百合子さまの101年に及ぶ生涯における最大の試練は、肉親との相次ぐ別離でした。三笠宮ご夫妻の間には、甯子内親王、寛仁(ともひと)親王、宜仁(よしひと)親王(桂宮)、容子(まさこ)内親王、憲仁(のりひと)親王(高円宮)という3男2女が誕生しました。温かな笑い声に包まれた三笠宮家でしたが、後年は苛烈な運命に見舞われることとなります。
2002年、スカッシュのプレー中に心室細動で倒れた三男の高円宮憲仁親王が47歳の若さで急逝。その衝撃冷めやらぬ2012年には、「ヒゲの殿下」として国民に親しまれた長男の寛仁親王が66歳で癌のため逝去されます。寛仁親王の母として百合子さまが病床に寄り添い続けた献身は、関係者の間でも深く記憶されています。さらに2014年には、長年闘病を続けておられた次男の桂宮宜仁親王が66歳で薨去。母親にとって最も耐え難いとされる「我が子を見送る逆縁」を、3度も経験されたのです。
そして2016年、75年間にわたり人生を分かち合ってきた最愛の夫・崇仁親王が100歳で旅立たれました。立て続けに襲いかかる悲劇の渦中にあっても、百合子さまは公の場で過度に感情を露わにすることはありませんでした。宮内庁関係者は次のように証言しています。
「お子様方を立て続けに亡くされた時期の百合子さまのお悲しみは、言葉にできるものではありませんでした。しかし、毎朝の拝礼を欠かさず、周囲に不安を感じさせないよう凛とした佇まいを崩されませんでした。そのお姿には、皇族としての義務感を超えた、魂の深みと深い信仰心を感じざるを得ませんでした」