Q1:226事件と515事件では、どちらが日本の歴史にとって重大な転換点でしたか?
A1:どちらも重要ですが、規模と影響力の点では二・二六事件が決定打となりました。五・一五事件は政党内閣の慣例(憲政の常道)を終わらせた象徴的テロでしたが、二・二六事件は約1,500名の正規軍部隊が首都中枢を占拠した実質的クーデターであり、この事件の処理を通じて軍部大臣現役武官制が復活したことで、軍部が国家の全実権を合法的に牛耳る体制が完成したためです。
Q2:首謀者である青年将校たちは、なぜ昭和天皇が激怒すると予想できなかったのですか?
A2:彼らは「統帥権干犯問題」などを背景に、既存の政治家や宮中側近たちが天皇を騙している(君側の奸)と信じ込んでいました。自分たちの決起は「天皇を悪しき側近から解放する真の忠義」であるため、行動を起こせば大元帥たる天皇は必ずや自らの赤心を理解し、昭和維新を認めてくれるという極めて主観的で一方的な願望に囚われていたためです。
Q3:事件に巻き込まれた一般市民の生活や被害はどうだったのですか?
A3:占拠地域となった永田町、霞が関、赤坂周辺では都電やバスの運行が停止し、電話回線が切断されるなど都市機能が著しく制限されました。27日以降は戒厳令が敷かれ、雪の中で装甲車や土嚢が積まれた異様な光景に市民は恐怖と緊張を強いられましたが、部隊が直接一般市民を略奪・攻撃することはなく、投降呼びかけの放送とともに平静を取り戻しました。