宮沢りえの恋愛・結婚歴を振り返ると、昭和・平成・令和の芸能史を象徴する大きなドラマが存在します。現在の幸せを掴むまでに経験した過去のパートナーとの経緯を整理しました。
元夫(ハワイ在住実業家)との結婚と離婚理由の深層
宮沢りえは2009年4月、元プロサーファーでハワイを拠点に活動する実業家の男性と婚姻届を提出し、同年5月に第1子となる女児を出産しました。
結婚当初はハワイと日本を行き来する生活を送っていましたが、次第に生活拠点と仕事に対する優先順位の乖離が表面化します。本格的に日本の映画や舞台へと復帰し、役者としての評価を急上昇させていた宮沢りえに対し、ハワイでの定住を望む元夫との間ですれ違いが生じました。2012年には別居と離婚協議入りが報じられ、長きにわたる話し合いの末、2016年3月に正式な離婚成立が発表されました。長女の親権は宮沢りえが持っています。
「世紀の婚約破棄」貴乃花との破局の真相
宮沢りえの過去を語る上で欠かせないのが、1992年11月に日本中を沸かせた大相撲力士・貴花田(後の横綱・貴乃花)との婚約発表です。当時、宮沢りえは19歳、貴花田は20歳。国民的トップスター同士の婚約は「世紀のカップル」と騒がれました。
しかし、わずか2ヶ月後の1993年1月に電撃的な婚約破棄が発表されます。その背景には、角界伝統の「相撲部屋の女将さんとして夫を裏から支えるべき」という格式と、宮沢りえの才能を世界に羽ばたかせたい実母・光子(りえママ)氏の強い思惑との衝突がありました。美輪明宏氏が仲介に入り助言したエピソードなどは有名ですが、若き日の宮沢りえが選んだのは表現者としての道でした。