佐々木蔵之介の生い立ちを語る上で欠かせないのが、京都・洛中に拠点を置く老舗蔵元「佐々木酒造」の存在です。1893年(明治26年)創業、聚楽第(じゅらくだい)の跡地に湧き出る清らかな名水「出水(でみず)」を用い、手造りの酒造りを貫いてきた由緒ある蔵元です。この名家において、佐々木蔵之介は3人兄弟の次男として生を受けました。
長男が建築の道を志したため、家業の命運は次男である蔵之介に託されることになります。高校卒業後、東京農業大学農学部に進学して酒造の基礎を学び、さらに醸造やバイオテクノロジーを深く修めるために佐々木蔵之介は神戸大学農学部へと進学しました。学問の面からも後継者としてのレールを順調に歩んでいたはずでした。
しかし、大学在学中に運命の歯車が大きく動きます。学生劇団「惑星ピスタチオ」の立ち上げに参加し、演劇の魔力に取り憑かれてしまったのです。卒業後は大手広告代理店(大広)に就職し、サラリーマン生活と劇団活動の二重生活を送っていましたが、20代後半で「芝居一本で生きていく」と決意。父の猛反対を押し切って退社し、家業を継がない選択をしました。
そこで蔵を背負うことになったのが、三男の晃(あきら)氏です。佐々木蔵之介の弟が継いだ理由について、晃社長は後にメディアや講演会で「長男は建築家になり、次男は役者になった。二人とも逃げたので、残された僕が継ぐしかなかった」とユーモアたっぷりに語り、大きな話題を呼びました。しかしその裏には、老舗の暖簾を途絶えさせてはならないという弟の並々ならぬ覚悟と決断がありました。
現在、佐々木酒造は晃社長の手腕によって伝統とモダンが融合した蔵元へと進化しています。看板銘柄である「聚楽第」や「西陣」をはじめとする佐々木酒造の日本酒の評判は国内外で極めて高く、全国新酒鑑評会でも多数の金賞を受賞。兄弟それぞれが異なる道で超一流となった現在、佐々木蔵之介も折に触れて番組やイベントで実家のお酒の魅力を発信し、兄弟の絆はより強固なものとなっています。