完顔阿骨打の正体|弱小女真族が巨大帝国・遼を電撃打倒できた全真相

完顔阿骨打の正体|弱小女真族が巨大帝国・遼を電撃打倒できた全真相

完顔阿骨打の正体|弱小女真族が巨大帝国・遼を電撃打倒できた全真相の特集記事を解説します。専門的な知識が詰まっています。

完顔阿骨打という人物をめぐっては、歴史愛好家やネット空間において複数の大きな誤解や都市伝説が流通しています。その最たるものが、教科書や百科事典に長年掲載されてきた「公式肖像画」にまつわる真実です。

広く知られている阿骨打の肖像画は、豪華な絹の袍(ほう)をまとい、豊かな髭をたくわえ、中国の歴代皇帝と寸分違わぬ威厳ある姿で描かれています。しかし、近年の風俗史や考古学的知見から、この肖像画は金代当時に描かれた写実画ではなく、後世の明代以降に漢民族の宮廷様式に当てはめて描かれた想像図であることが判明しています。

当時の生女真の習俗を記した『三朝北盟会編』などの史料によれば、阿骨打をはじめとする金初の内陸女真戦士たちは、頭頂部の髪を残して周囲を剃り落とす独特の辮髪(剃髪)を施し、耳には金の耳環(ピアス)をつけ、毛皮や革製の体に密着した活動的な胡服を着用していました。文化人類学・歴史学の専門家が指摘するように、あの優雅な漢風肖像画は、後世の儒教的イデオロギーが北方騎馬民族の野性味を漂白した産物にほかなりません。

もう一つの重要な盲点は、阿骨打を「単なる粗暴な武将」と見なす誤解です。阿骨打は武勇に秀でていただけでなく、民族の独自性を保持することに執念を燃やした極めて知性的な文化戦略家でもありました。その象徴が女真文字の制定です。

強大な契丹や漢民族に対抗するためには、自前の表記体系が不可欠であると痛感した阿骨打は、側近の碩学・完顔希尹(ワンヤン・キイン)らに命じ、1119年に漢字や契丹文字の構造を応用した「女真大字」を完成・公布させました。軍事力で領土を広げつつ、言語・文字という精神的支柱を整備したからこそ、金朝は急速な漢化の波に呑まれることなく、百数十年にわたり北アジアの覇権を維持できたのです。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。