輝かしいデビューの直前まで、彼は決して順風満帆な道のりを歩んでいたわけではない。大学時代からのバンド活動や演劇集団での経験を経て、事務所「マザーエンタープライズ」に所属することになった当時の及川光博。しかし、個性が強すぎるがゆえに、どのような売り出し方をするべきか関係者の間でも議論が紛糾したという。
芸能界という巨大な市場で埋もれないため、彼は自ら衣装のデザインや楽曲の方向性、さらにはプロモーションの手法に至るまでアイデアを出し続けた。ライブハウスでの泥臭い下積み時代、周囲から「そんなキャラは長続きしない」と懐疑的な視線を向けられることも少なくなかった。それでも自身の美学を一切曲げず、ステージに立ち続けたタフさこそが、彼の原点と言える。