丸山ワクチンの歴史を語る上で避けて通れないのが、行政との長い対立と承認をめぐる葛藤である。1970年代後半、新薬としての正式承認を目指して提出された申請は、当時の既存概念に当てはまらない臨床データの不均衡などを理由に厚生労働省(当時・厚生省)によって見送られた。しかし、全国の患者や遺族による空前の助命運動と署名活動を受け、異例の行政判断が下される。それが1981年に導入された有償治験制度である。
この制度により、患者が実費(薬価ではなく治験協力費としての費用)を負担する形で、実質の供給が継続されることとなった。製薬会社のゼリア新薬工業は、SSMの有効成分をベースにした医療用医薬品の開発を進め、放射線治療による白血球減少症の治療薬としてアンセロチン(Z-100)の承認を取得した。しかし、本丸である抗がん剤としての承認には至らず、有償治験という特殊な形態のまま40年以上が経過するという、日本の医薬品行政史においても極めて異例の事態が続いている。