消費者の意識調査やネット上の言説を検証すると、水産物の安全性と環境配慮をめぐって看過できない2つの大きな偏見が存在している。
誤解1:「養殖魚は薬漬けで不健康、放流・天然魚は安心安全」の欺瞞
「養殖魚は病気予防のために抗生物質を過剰投与されているから食べるのを避けるべきだ」という言説がネット上で定期的に拡散される。しかし、これは数十年前の古い断片情報を引きずった極端な誤解である。水産用医薬品の使用基準は厳格に法制化されており、出荷前の「休薬期間」の遵守と残留検査が義務付けられている。現在では主要魚種へのワクチン接種が急速に普及し、抗菌剤の使用量はピーク時から激減した。
むしろ昨今の海洋環境を考慮すると、外洋を回遊する天然魚や放流魚のほうが、海洋プラスチック微粒子(マイクロプラスチック)や重金属(メチル水銀)、アニサキスなどの寄生虫リスクに無防備に晒されている側面がある。飼料と水質が徹底管理された陸上養殖魚のほうが、衛生安全性の数値管理という点では優位に立つケースも多い。
誤解2:「稚魚を放流すればするほど海は豊かになる」という環境神話
「栽培漁業は減った魚を増やす魔法のエコ事業」と無邪気に信じられているが、海洋生態系はそれほど単純ではない。特定の種苗センターで人工交配された稚魚は、天然魚に比べて親の個体数が限られており、均一な遺伝情報を持つ魚が大量に海へ解き放たれることで、地域固有の野生群が持つ多様性を薄める「遺伝的撹乱」を引き起こすリスクが海洋生態学者から強く警告されている。
さらに、海洋の餌生物(プランクトンや小型甲殻類)のキャリングキャパシティ(環境収容力)を超えて稚魚を放流すれば、天然の稚魚との間で激しい餌の奪い合いが生じ、結果として共倒れを招く。ただ数を放てば資源が回復するわけではなく、科学的な許容量の計算が不可欠である。