「羊肉はどうしても匂いが苦手」と語る人が思い浮かべている香りは、一体どこから生じているのでしょうか。食品科学の研究によると、羊肉の風味の正体は筋肉そのものではなく、「脂質(脂肪組織)に含まれる特定脂肪酸」にあります。
羊は反芻(はんすう)動物であり、胃の中の微生物が草の葉緑素(クロロフィル)を分解する過程で「フィタン酸」や分枝鎖脂肪酸が生成されます。これが成羊になるにつれて脂肪組織へ蓄積し、加熱時に独特のアロマを放ちます。ラムがほとんど臭わないのは、草を食べる期間が短く、母乳や穀物飼料を中心に育つため、この成分の蓄積が極めて少ないからです。
加えて、羊の脂の融点は約42〜44℃と、牛(約40℃)や豚(約33〜38℃)、鶏(約30〜32℃)と比べても際立って高い数値を示します。人間の体温(約36〜37℃)よりも融点が高いため、冷めると脂が固まりやすく、口の中に脂膜として残ることで「重い」「油臭い」と感じる原因になります。
かつて昭和から平成初期にかけて流通していたマトンは、冷凍・解凍の管理が不十分だったために酸化が進み、不快な獣臭を放つケースが散見されました。しかし現在、空輸・チルド保存技術と徹底した温度管理が標準化された現場では、嫌な酸化臭は完全に排除されています。本来のマトン香は「嫌な臭み」ではなく、豊かな自然が育んだ「ハーブのような芳醇なフレーバー」として楽しむのが世界の常識です。