物語の黒幕として暗躍するジコ坊の組織的背景も、一般的なアニメーションの枠を大きく超えています。ジコ坊が率いる謎の武装集団「唐傘連」や「地侍」の背後には、「師匠連」と呼ばれる謎の権力母体が存在し、その頂点に位置しているのが大和朝廷、すなわち「天朝(天皇)」です。
ジコ坊がエボシに提示した書状には、シシ神の首を献上した者にはタタラ場周辺の莫大な領地と製鉄利権を安堵するという、最高権力者の朱印が記されていました。不老不死の妙薬としてシシ神の生首を渇望する「天皇」の欲望のために、神と森が破壊されていくという構図は、中世日本の実相である朝廷権力と周縁の山民・鍛冶集団の支配関係をリアルに射抜いています。
そして、自然の生と死を司る超越的存在・シシ神の正体と死因についても、綿密な哲学的設計が施されています。シシ神は善意も悪意も持たず、踏みしめた草花を一瞬で咲かせては枯らし、傷ついたアシタカを癒やす一方で、乙事主やモロの命を等しく奪い去ります。シシ神の死因は、エボシの石火矢によって夜の姿「デイダラボッチ」へ変化する過程で首を撃ち落とされたことですが、本質的な死をもたらしたのは、首を失った暴走の末に「朝の陽光」を浴びたことです。絶対的な自然神であっても、太陽という宇宙的物理法則の前には肉体を維持できず、崩壊と同時に森へ生命を還元していきました。
なお、ネット上で都市伝説として囁かれる「森にいたコダマ(木霊)が、数百年後にトトロへと進化する」という言説については、単なるファンの妄想ではなく、宮崎監督自身が制作現場で美術監督の男鹿和雄氏に対して「木霊の生き残りが、長い年月をかけて耳が生えてトトロになるんですよ」と語ったという逸話が、公式関連書籍『もののけ姫 ロマンアルバム』に収録されています。自然の精霊が時代を経て姿を変えながらも生き続けるというジブリワールドの連続性を示す、極めて興味深い公式裏設定と言えます。