【Re: ゼロ】なぜ「レグルス・コルニアス」の屁理屈は人々を苛立たせ、魅了するのか?『強欲』の暴虐と石田彰が放つ最凶の存在感

【Re: ゼロ】なぜ「レグルス・コルニアス」の屁理屈は人々を苛立たせ、魅了するのか?『強欲』の暴虐と石田彰が放つ最凶の存在感

【Re: ゼロ】なぜ「レグルス・コルニアス」の屁理屈は人々を苛立たせ、魅了するのか?『強欲』の暴虐と石田彰が放つ最凶の存在感について押さえておきたい 理由を分かりやすい構成で解説いたします。

『Re:ゼロ』には数多くの個性的な大罪司教が登場する。なかでも「怠惰」のペテルギウス・ロマネコンティは、その過激な言動と狂気的なリアクションで強烈なインパクトを残した。しかし、レグルスが放つ不快感はペテルギウスのそれとは質が異なる。

ペテルギウスの狂気が狂信的であり、どこかピエロのような分かりやすい「狂人」であったのに対し、レグルスは一見するとまともな言葉を使い、理性的であるかのように装う。自分を徹底的に被害者として位置づけ、正論めいた屁理屈で相手を追い詰めていく姿勢は、現実世界に存在するタチの悪いクレーマーや自己愛性パーソナリティを想起させる。この「現実にいそうな嫌悪感」が、彼の不快さを異次元のレベルへと引き上げているのだ。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。