現在の中谷美紀に対して、世間は「非の打ち所がない完璧主義者」「生まれながらのエリート女優」というイメージを抱きがちです。しかし、報道関係者や彼女の著作に触れてきたファンの間では、彼女が過去に何度も極限の精神状態に追い込まれ、本気で女優引退を決意していた事実は広く知られています。
その最大の転換点となったのが、2006年公開の主演映画『嫌われ松子の一生』でした。中島哲也監督による妥協のない極限の演出指導は連日深夜に及び、罵声が飛び交う撮影現場で、中谷は心身ともに限界まで削り取られました。彼女の日記形式の手記『女心と秋の空』には、あまりの過酷さに現場から逃走し、タクシーの中で号泣した生々しい記憶が克明に綴られています。
「もう二度とこの世界には戻らない」と一度は心に誓い、インドへと逃避行に出たエピソードは象徴的です。しかし、逃避の旅のなかで自らの生と執着を手放し、他者への依存心をリセットしたことで、皮肉にも女優としての覚醒を遂げることになります。完成した映画で松子が見せた、泥まみれになりながらも愛を渇望して生き抜く壮絶な演技は国内外で絶賛され、中谷は日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめとする主要な映画賞を総なめにしました。
ネット上では「彼女は最初から何でもスマートにこなせた」という言説が散見されますが、これは明確な誤解です。自己のプライドが完全に粉砕されるほどの極限状態を経験し、それを乗り越えて自力で立ち上がったからこそ、現在の彼女の眼差しには、単なる造形の美しさを超えた「凄み」が宿っています。