元気美佐恵のプロレス経歴を振り返るうえで欠かせないのが、名門・全日本女子プロレスへの入門です。厳しい審査と過酷な練習で知られた全女において、恵まれた体格と持ち前の底抜けの明るさで頭角を現し、1994年にプロデビューを果たしました。
その後、女子プロレス界の再編劇の中で新団体「ネオ・レディース」、そして後継組織であるNEO女子プロレスの旗揚げに参加。ここで彼女は文字通り団体の絶対的エース、大黒柱として覚醒します。男子選手をも凌駕するリフトアップスラム、強烈なエルボー、そして相手を脳天から垂直に叩き落とす必殺技「Gドライバー」や「摩周」を武器に、数々の激闘を繰り広げました。
NWA女子パシフィック王座&NEO認定シングル王座の獲得をはじめ、他団体の強豪との対抗戦でも常に団体の砦として君臨。タッグ戦線でも同期のタニー・マウスとのコンビ「NEOマシンガンズ」でマットを席巻するなど、平成女子プロレス史においてパワーファイターの代名詞として確固たる地位を築き上げました。