世界各国の著名な美術館に浮世絵が収蔵されている事実は広く知られていますが、質・量ともに日本国内でトップクラスの規模を誇り、体系的に江戸のグラフィックアートを追体験できる専門美術館となると、その存在は極めて稀有です。太田記念美術館が国際的な評価を獲得している最大の理由は、コレクションの網羅性と保存状態の圧倒的な良さにあります。
浮世絵の歴史は、江戸初期の菱川師宣による肉筆画や単色摺りの墨摺絵(すみずりえ)から始まり、鈴木春信が生み出した多色摺木版画(錦絵)、鳥居清長や喜多川歌麿の美人画、東洲斎写楽の役者絵、そして葛飾北斎や歌川広重の名所風景画、歌川国芳の奇想天外な武者絵・戯画へと発展していきました。太田記念美術館の所蔵品は、この約250年間に及ぶ浮世絵の潮流を途切れることなく追尾できる構成になっており、教科書に掲載されるような名作から当時の庶民生活の息遣いを伝える稀少な摺物まで、奇跡的なコンディションで保管されています。
海外の研究者やキュレーターが来日した際、真っ先に太田記念美術館へ足を運ぶのは、単に名画を見るためだけではありません。紙と植物性・鉱物性顔料という極めて脆い素材で作られた江戸の印刷物が、色褪せることなく鮮やかな色彩を留めている技術的奇跡を目の当たりにできるからに他なりません。