ネット検索で散見される「宮沢水魚」という表記は、俳優として活躍する宮沢氷魚(ひお)の漢字の誤認・誤変換から生じたものです。名前の「氷魚」は、琵琶湖に生息する鮎の稚魚に由来し、「どんな過酷な氷の環境でも力強く生き抜いてほしい」という両親の切なる願いを込めて名付けられた唯一無二の本名です。
その父親こそが、1989年にメジャーデビューし、「島唄」や「風になりたい」などの国民的ヒットナンバーを世に送り出した元THE BOOMのフロントマン・宮沢和史です。1993年にリリースされた「島唄」は単一曲で150万枚以上のミリオンセラーを記録し、日本のみならずアルゼンチンをはじめとする南米各国でもカヴァーされ世界的な反響を呼びました。
氷魚本人が芸能界入りした際、宮沢和史の息子である事実は大々的に宣伝されることはありませんでした。当時の報道関係者の証言によると、「本人が『父の看板を使って下駄を履きたくない』と強く希望し、事務所の面接時にも父親の名前を自発的にアピールすることは一切なかった」といいます。公に親子関係が認知されたのは、彼が実力で確固たる出演実績を重ね、メディア露出が急増した後のことでした。