わずか15坪の衝撃!名作「斎藤助教授の家」が今なお絶賛される理由

わずか15坪の衝撃!名作「斎藤助教授の家」が今なお絶賛される理由

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第二次世界大戦の爪痕が深く残る1950年代初頭の日本は、深刻な住宅難に直面していました。国は限られた資材を公平に分配するため、住宅金融公庫の融資基準として建坪制限(当初は原則15坪=約50㎡以内)を設けていました。多くの建築家が「いかに小さな面積のなかに従来の部屋数を詰め込むか」という狭小間取りのパズルに頭を悩ませていた時代です。

そんな制約の嵐のなかで、まったく逆のアプローチをとったのが東京工業大学で教鞭をとっていた若き建築家・清家清でした。依頼主は、同じ東京工業大学で建築設備学や環境工学を専門としていた同僚の斎藤平蔵助教授(当時)です。

気鋭の構造・環境研究者であった斎藤平蔵と、機能主義と日本的感性を併せ持つ清家清。この稀代の知性ふたつが共鳴したことで、単なる「狭小住宅」の枠を軽々と飛び越え、日本近代建築史にその名を刻む伝説の住宅プロジェクトが始動しました。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。