「分娩前にもっとはっきりとした予兆はなかったのか」という問いに対し、現役の周産期専門医は一様に「事前予測の難しさ」を口にします。妊娠後期に見られる児頭骨盤不均衡の兆候としては、正期産(妊娠37週以降)に入っても赤ちゃんの頭が骨盤内に沈み込まず、高い位置で浮いている状態(児頭浮動)が挙げられます。初産婦であれば通常36週前後から徐々に児頭が骨盤内へ固定されますが、いつまでも胃の圧迫感が取れず、内診でも児頭が触れにくい場合は、骨盤入口部に頭が引っかかっている可能性が疑われます。
しかし、こうした兆候があっても、陣痛開始とともに骨盤関節が弛緩し、赤ちゃんの頭が骨盤の形に合わせて重なり合うことで難なく分娩に至るケースも少なくありません。そのため、明確な狭骨盤でない限り、臨床では陣痛が開始してから判断を下す児頭骨盤不均衡の疑いによる分娩経過の観察が取られます。
その結果、最もドラマチックかつ過酷な状況として立ち現れるのが、分娩室での緊急帝王切開への切り替えという決定的な理由です。陣痛が10分間隔、5分間隔と強くなっているにもかかわらず、子宮口の開きが途中で止まってしまう(分娩進行停止)、あるいは強い陣痛がきているのに赤ちゃんが全く下がってこない(児頭下降停止)状態が数時間続きます。さらに、無理に骨盤に頭を押し当て続けられた赤ちゃんはストレスによって心拍が低下(胎児機能不全)し、母体側も激痛と疲労によって分娩停止や微弱陣痛を引き起こします。
「陣痛促進剤を投与しても児頭が先進しない」「母体の子宮破裂や胎児の低酸素性脳症のリスクが跳ね上がった」と判断された瞬間、産科医は迷うことなく緊急手術のメスを取ります。これが、陣痛を何十時間も耐えた末に緊急手術へと至る臨床のリアルな経緯です。