天草四郎ミュージアムの根底にある学術的テーマは、「島原・天草一揆 歴史の真相」と「潜伏キリシタン・隠れキリシタン 遺産」の社会的背景です。かつて一揆は「狂信的なキリシタンによる暴動」と単純化されがちでしたが、近年の歴史研究や展示解説が明示するのは、領主による過酷を極めた年貢の取り立てと飢饉に追い詰められた農民たちの生存闘争という側面です。
小西行長の統治時代にキリスト教が深く根付いた天草では、領民の多くが西洋の平等思想や共同体意識(コンフラリア)を共有していました。関ヶ原の戦い以降、領主となった寺沢広高・堅高父子による苛政は、凶作であっても年貢を免除せず、人質を取って拷問を加えるなど残虐を極めました。限界を超えた民衆が結集するにあたり、カリスマ的指導者として白羽の矢が立ったのが、類まれなる知性と信仰心、そして容姿を備えていたとされる益田四郎時貞(天草四郎)でした。
館内の展示は、四郎が起こしたとされる「海の上を歩いた」「盲目の少女の目を開けた」といった奇跡の伝説を単に鵜呑みにするのではなく、過酷な抑圧下で人々が何を求め、なぜ16歳の少年に未来を託さざるを得なかったのかという、集団心理と社会的構造の深淵を鋭く問いかけてきます。