二階堂ふみの知性とタフな精神力は、どのようにして形成されたのか。その原点は、沖縄での幼少期と、15歳で決断した単身上京の生活にあります。
沖縄・神原中学校時代|スカウトから映画の魅力への目覚め
那覇市で生まれ育った彼女は、地元・那覇市立神原中学校に通っていました。12歳のときにフリーペーパー『沖縄美少女図鑑』に掲載された写真が芸能事務所の目に留まり、スカウトされたことがキャリアの幕開けとなります。
ローティーン向けファッション誌『ニコラ』の専属モデルとして活動を始める一方、母親の影響で足繁く映画館に通い、名作シネマやミニシアター系作品にのめり込んでいきました。当時の同級生や知人の証言によれば、すでに中学生離れした独自の美的感覚と読書習慣を持っていたといいます。
八雲学園高等学校時代|目黒での一人暮らしと映画漬けの日々
本格的に俳優を目指すため、中学卒業と同時に単身で上京。進学先に選んだのが、東京都目黒区にある私立八雲学園高等学校でした。
同校は古くから英語教育と礼儀作法に定評があり、芸能活動と学業の両立に対しても理解がある伝統校です。親元を離れ、都内のワンルームマンションで自炊しながら高校に通う生活は、決して華やかなことばかりではありませんでした。
「学校が終わるとミニシアターへ直行し、1日何本も映画を観ては感想をノートに書き留めていた」
高校時代に出演した園子温監督の映画『ヒミズ』(2011年公開)では、第68回ヴェネツィア国際映画祭にて染谷将太とともに日本人初となるマルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人賞)を受賞。世界的な名声を得ながらも、高校の授業や行事には真摯に出席し、英語の基礎力を着実に固めていきました。