敬虔なキリシタン家庭に生まれた四郎は、幼少期からキリスト教の洗礼を受けていました。彼の洗礼名は「ジェロニモ(Jerónimo)」と伝えられています。ただし、一部のイエズス会側記録や口伝史料には「フランシスコ(Francisco)」であったとする記録も併存しており、洗礼名の同定には諸説が存在します。
四郎がわずか十代の若さで数万人の信徒や農民の頂点に立てた背景には、彼を巡る「予言」と「奇跡伝説」がありました。
島原・天草地方では、かつて国外追放されたポルトガルの宣教師ママコス神父が残したとされる「25年後、天の神の預言者が現れて人々を救済する」という予言が信徒の間で強く信じられていました。その予言の年と四郎の成長期が合致したことで、彼は救世主(デウスの使徒)として熱狂的に迎え入れられたのです。
伝承によれば、四郎は「盲目の少女の目を触れて視力を回復させた」「小鳥を手招きして手のひらに卵を産ませた」「海の上を歩いて渡った」といった数々の奇跡を起こしたと語り継がれています。これらは新約聖書におけるイエス・キリストの奇跡の焼き直しである側面が強いものの、弾圧と飢饉に苦しむ民衆の心を瞬時に掌握する圧倒的なカリスマ性を四郎が備えていた証左でもあります。