崎陽軒の歴史を語る上で欠かせないキーパーソンが、初代社長の野並茂吉(のなみ もきち)氏だ。横浜駅構内での売店からスタートした同社は、当初はどこにでもある駅弁や清涼飲料水を販売していた。しかし、野並氏は「横浜ならではの名物を創り出したい」という強い情熱を抱き、独自の看板商品開発に乗り出す。
当時、電車内での食事として求められたのは、冷めても風味が落ちない食べ物だった。そこで着目したのが、中華街の点心・焼売である。野並茂吉氏は豚肉と干し貝柱を贅沢に使用し、冷めても旨味が際立つ独自の製法を確立。「シウマイ」と表記されたこの一品は、旅人たちの口コミから爆発的なヒットを記録し、駅弁・外食産業に大きな革命をもたらした。