では、なぜこれほど好相性な組み合わせが「合食禁(ごうしょくきん)」として忌み嫌われてきたのだろうか。歴史をさかのぼると、日本食文化・伝承の深層に眠る当時の社会背景が見えてくる。
一説には、江戸時代の天才蘭学者・平賀源内が「土用の丑の日」にうなぎを食べる風習を広めた時期、人々があまりの美味しさに暴飲暴食することを防ぐための知恵だったと言われる。梅干しの持つ強力な食欲増進作用により、高価なうなぎを食べ過ぎて破産してしまう市民が相次ぐのを防ぐための「戒め」だったという説だ。また、冷えた脂とうめぼしの強い酸味が胃を刺激するという誤解や、傷んだうなぎの腐敗臭を梅干しの酸味で誤魔化して食べて食中毒を起こす事故を防ぐための生活の知恵だったとも考えられている。いずれにせよ、医学的な毒性が理由ではなかったのだ。