ネット上の言説や一部のビジネス系掲示板では、「創業者・盛田昭夫の妹婿だったから社長になれたのではないか」「巨額の赤字を垂れ流した独断専行型のワンマンだったのでは」といった憶測が散見されます。しかし、一次資料や当時の役員たちの証言を照らし合わせると、実態は全く異なります。
第一に、当時のソニーは完全な実力主義であり、身内びいきが通用する甘い環境ではありませんでした。岩間氏が社長に指名された最大の理由は、トランジスタラジオの量産化、ソニー・アメリカの立ち上げ、そしてトリニトロンカラーテレビの歩留まり改善など、数々の社運を賭けた修羅場をすべて技術と組織力で突破してきた実績があったからです。
第二に、CCD開発への投資は無謀なギャンブルではなく、極めて精緻な計算に基づいた戦略的決断でした。岩間氏は地球物理学者としての科学的素養から、「真空管から半導体へ移行したように、撮像管(カメラの真空管)はいずれ必ず固体素子(半導体)に置き換わる」という技術的必然を誰よりも論理的に確信していました。反対派を黙らせたのは感情的なワンマン体制ではなく、圧倒的な技術的知見とブレない情熱だったのです。