かつての「清純派」「パーフェクトな女性」というパブリックイメージは、現在の彼女にとって通過点に過ぎない。独立後の彼女が選ぶ役柄には、人間の醜さや弱さ、あるいは内に秘めた狂気といった泥臭いエッセンスが散りばめられている。
役に没頭し、自己を消し去る手法は、長年の苦悩や経験を経たからこそ到達できた境地だ。表情の微細な変化、視線の泳ぎ、吐息の静寂に至るまで、画面越しに伝わる迫力は格段に増している。
自らの意志で選び取った役を演じる快感と責任。それが彼女の演技に独特のキレと熱量を与えている。かつて見せていた洗練された美しさに、生き様そのものが醸し出す渋みと迫力が加わり、スクリーンの前で唯一無二の光を放っている。