この病室シーンにおける演出は、作品内のドラマにとどまらず、映画を観に来たオーディエンスそのものに向けられた極めて挑戦的なメタシアター構造を持っています。
1996年3月に放送されたテレビシリーズ最終2話(第25話・第26話)は、従来のロボットアニメの文脈を放棄し、シンジの内面世界のみを描いて完結しました。これに対し、一部の熱狂的なファンからは「裏切られた」「説明責任を果たせ」といった激しい非難が浴びせられ、ガイナックス本社には脅迫文や誹謗中傷の落書きが届く社会問題へと発展しました。そうした経緯を経て制作された旧劇場版において、庵野秀明監督が突きつけた回答のひとつが、このアバンタイトルでした。
劇中のシンジが昏睡状態のアスカの肉体を見て自慰に及んだ構図は、「現実の生身の他者と向き合うことを恐れ、アニメーションの美少女キャラクターを自らの都合の良い性的・精神的消費の道具にして現実逃避するオタク層」の姿を醜悪なまでにカリカチュアライズしたものに他なりません。スクリーンを見つめる観客は、劇場の大画面で自慰にふけるシンジの姿を見せつけられることで、「お前たちが愛好している現実逃避の正体はこれだ」と鏡を突きつけられたのです。
庵野監督は後年のインタビューや記録映像において、観客を心地よいカタルシスに浸らせるのではなく、徹底的に突き放して現実世界へと帰還させる意図があったことを示唆しています。観客の期待を裏切り、観客自身が抱える無自覚な欲望のグロテスクさを暴き出す装置として、あの病室シーンは必然的に設計された演出でした。