築地の歴史は、江戸幕府の基礎を固めた徳川家康による都市計画と切り離せない。明暦の大火の後、江戸の復興と拡大を目指して埋め立て工事が開始されたが、この一帯だけは打ち寄せる荒波によって幾度も堤防が切り崩され、工事は困難を極めた。
万治2年(1659年)、海中に漂う光り輝く神体を引き上げ、社を建てて祀ったところ、たちまち波が静まり工事が無事完了したと伝わる。この神体こそが、食物や殖産興業を司る倉稲魂命(うかのみたまのみこと)である。波を修めたことから「波除」の名が授けられ、災難を祓う守護神として江戸市中にその名を轟かせた。