守谷慧氏を語る上で欠かせないのが、その育ちの良さと卓越した倫理観を育んだご両親の存在です。守谷氏の実家は、官界と国際支援活動の双方で極めて顕著な功績を残した名家として知られています。
父親の守谷治(もりや おさむ)氏は、東京大学法学部を卒業後、旧運輸省(現在の国土交通省)に入省した元エリート高級官僚です。航空局や港湾局などの要職を歴任し、退官後も一般財団法人の役員や日伯経済文化協会の理事などを務めるなど、日本の交通行政および国際交流に多大な貢献を果たしてきました。知的で温厚な父親の背中を見て育ったことが、慧氏の誠実な人間形成に決定的な影響を与えたことは間違いありません。
一方、母親の守谷季美枝(もりや きみえ)氏は、早稲田大学を卒業後、恵まれない世界の子どもたちを支援する認定NPO法人「国境なき子どもたち(KnK)」の立ち上げから深く関わり、専務理事としてカンボジアやフィリピンなどの現場を飛び回った情熱的な国際社会活動家でした。しかし季美枝氏は、2015年7月、カンボジアへの視察旅行中に突如体調を崩し、現地で急逝されました。このあまりにも早すぎる母の他界が、後の絢子さまとの運命の出会いへとつながる契機となっていきます。