これほどデメリットや精度の限界が指摘され、一部の自治体で胃がん検診からのバリウム廃止や選択制導入が進む中、なぜ職場の集団検診では今なおバリウムが主流であり続けるのでしょうか。そこには日本の公衆衛生と検診インフラが抱える「3つの大人の事情」が存在します。
第一の理由は「圧倒的な処理スピードと受診枠の確保」です。バリウム検査は検診車を使って1台で1日100人以上を短時間でスクリーニングできますが、胃カメラは1人の医師が1日に検査できる人数が限られ、スコープの徹底した洗浄・消毒にも時間がかかります。日本の全労働者に胃カメラを提供できるだけの専門医数は物理的に不足しています。
第二の理由は「コスト格差」です。健診機関にとって巡回バスで一括実施できるバリウム検査は費用を大幅に抑えられます。企業や健康保険組合にとっても、全社員に高額な胃カメラを受けさせる予算を組むのは容易ではありません。
第三の理由は「対策型検診としての科学的エビデンス」です。国が定めるがん検診の指針において、バリウム検査は長年の統計から「集団全体の胃がん死亡率を下げる効果がある」と証明されています。個人の早期発見精度では胃カメラに劣るものの、集団全体の死亡率低減という公衆衛生の観点ではいまだに公認された標準検査として位置づけられています。