秒速5センチメートルはなぜ「気持ち悪い」のか?未練と結末の真相に迫る

秒速5センチメートルはなぜ「気持ち悪い」のか?未練と結末の真相に迫る

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ネット上の掲示板や映画レビューサイトにおける秒速5センチメートル ネットの反応を精査すると、評価の星が5点と1点に極端に割れる傾向が顕著に見られます。とりわけ否定的な意見で際立っているのが、「主人公の未練がましさがストーカー一歩手前で気持ち悪い」「思春期の妄想をそのまま引きずった大人の独白が生々しくて痛々しい」という手厳しい指摘です。

具体的に秒速5センチメートル 気持ち悪い理由として挙げられる声を分類すると、以下の3点に集約されます。

第1に、遠野貴樹の内省的なモノローグに対する生理的嫌悪です。作中で貴樹は、宛先のない携帯メールを何度も打ち込んでは消去し、社会人になっても幼少期の思い出のなかに閉じこもり続けます。この叙情的なポエム調の語り口が、現実的な視点を持つ観客、特に地に足をつけて生きる女性層から「ナルシシズムに浸りきった元彼を見ているようで鳥肌が立つ」「自分を悲劇の主人公に仕立て上げているだけ」と厳しく断じられる要因となっています。

第2に、秒速5センチメートル 共感できない理由として頻出するのが、周囲の人間関係に対する決定的な不誠実さです。貴樹自身は決して悪人ではなく、誰に対しても礼儀正しく穏やかに接します。しかしその内実は、自分に一途な好意を寄せる他者を心の内側に決して招き入れず、安全圏から無責任な優しさを垂れ流す姿勢に他なりません。「優しい皮をかぶった冷徹な人間」という欺瞞が、観客の無意識の防衛本能を刺激し、拒絶反応を引き起こしています。

第3に、自己の過去に対する同族嫌悪です。実は「気持ち悪い」と激怒する層の少なからずは、貴樹の中に「過去を引きずってウジウジしていた自分自身の黒歴史」を見出しています。美化された映像表現によって、直視したくない自己の弱点や青臭い痛みを強制的に突きつけられるため、防衛機制として作品ごと「気持ち悪い」と切り捨てたくなる心理が働いているのです。

森 瞳
著者

森 瞳

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