日常会話やビジネスシーンにおいて「彼はずば抜けた人たらしだ」と表現される場合、基本的には極めて好意的な人物評として用いられます。しかし、この言葉を辞書で引くと、少々意外な歴史的背景に突き当たります。
「たらし」は動詞「誑かす(たぶらかす、たらし込む)」の名詞形であり、本来は「甘言を弄して人を騙すこと」「異性をだまして弄ぶ者」を指す、明らかな悪口でした。江戸時代の古文書や歌舞伎の演目などでも、人を欺く詐欺師的なニュアンスで記録されています。
この言葉の持つ意味合いを劇的に転換させた契機として広く知られているのが、作家の司馬遼太郎が著した歴史小説『新史太閤記』などの作品群です。農民の身分から天下人へと駆け上がった豊臣秀吉の、敵すらもいつの間にか味方に巻き込んでしまう天衣無縫な魅力を「人たらし」と形容したことで、「他人の心を掴んで離さない天才」「誰もが力を貸したくなる稀代の人心掌握者」というポジティブな意味合いが定着しました。
ただし、語源に騙すという意味が含まれていた経緯から、年配者や言葉の歴史に厳格な層に対して面と向かって使う際には注意を払うのが無難です。目上の相手に対して直接「〇〇さんは人たらしですね」と伝えるのではなく、「誰からも慕われるお人柄ですね」「自然と人を味方につける素晴らしい求心力をお持ちですね」と言い換える配慮がスマートです。