現在、東京都中野区本町の現地はどうなっているのでしょうか。かつて世界中の建築関係者が巡礼に訪れたその敷地には、現在では一般的な複数棟の共同住宅や戸建て住宅が立ち並び、街並みに完全に同化しています。
「中野本町の家 跡地の現在」を訪れても、記念碑や案内板などは一切設置されておらず、そこに白亜の巨大なU字型建築が存在した痕跡を目視で確認することはできません。周辺は東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線の中野坂上駅や中野新橋駅にほど近い、閑静で利便性の高い都心の住宅地として日常の営みが続いています。
しかし、物理的な実体は消滅したものの、この建築が遺した思想的インパクトは2026年の今なお拡大を続けています。伊東豊雄氏は「中野本町の家」で閉鎖的なチューブを突き詰めた反動から、のちに「シルバーハット」(1984年)や「せんだいメディアテーク」(2001年)に見られるような、風や光が通り抜ける流動的でオープンな建築へと作風を大きく展開させていきました。ひとつの家族の生と死を受け止め、役目を終えて潔く去っていった建築の記憶は、国内外の書籍、ドキュメンタリー、そして建築教育の中で、不滅のマスターピースとして輝き続けています。