焼き魚の失敗で最も多い「皮が網やフライパンに張り付いて身が崩れる」というトラブル。この現象は調理科学において熱凝着(ねつぎょうちゃく)と呼ばれます。魚の表皮に含まれるタンパク質は、金属が約60℃から80℃に達したタイミングで金属表面の成分と強く結合する性質を持っています。網やフライパンが十分に温まっていない状態で冷たいイワシを投入すると、温度が上昇する過程でタンパク質が金属の細かな凹凸に入り込み、強固に癒着してしまうのです。
皮がくっつかない理由を突き詰めると、解決策は極めてシンプルです。タンパク質が一瞬で熱変性を起こして表面が固まる200℃以上の高温に器具をあらかじめ予熱しておくか、金属と身を物理的に隔離するアプローチを取る必要があります。十分に熱した焼き網に薄く油や酢を塗る手法や、後述するクッキングシートの導入は、この熱凝着を防ぐための科学的かつ極めて合理的な防衛策です。
もう一つの悩みである「独特の生臭さ」は、イワシの体表や筋肉中に含まれる脂質の酸化と、海水魚特有の浸透圧調整物質が分解されて生じるトリメチルアミンという有機化合物が原因です。水揚げから時間が経過するにつれて菌の作用で生成されるこの成分は、魚から滲み出た水分(ドリップ)に溶け出しています。つまり、焼く前にドリップを適切に排出し、きれいに拭き取る工程を踏まない限り、どれほど強い火力で焼いても生臭さを閉じ込めてしまう結果になります。