治部煮の歴史と発祥をひもとくと、江戸時代以前にまでさかのぼる複数の伝承が存在します。歴史民俗学の調査や金沢市内の老舗料亭が保管する文献によれば、主な由来として以下の3つの有力説が語り継がれています。
最も広く知られているのが、豊臣秀吉の兵糧奉行を務めた「岡部治部右衛門(おかべ じぶえもん)」が朝鮮出兵の際に考案し、前田利家が治める加賀藩に伝えたという説です。軍旅のなかで野鳥を素早く美味しく食すための合理的な調理法が、加賀百万石の城下町で洗練され、武家料理へと昇華したと考えられています。
もう一つの身近な説が、鍋の中で肉や野菜が「じぶじぶ」と音を立てて煮える様子から名付けられたという擬音語由来説です。出汁が少なくとろみの強い煮汁が沸き立つ音をそのまま料理名にしたという説は、庶民の暮らしに根づいた郷土料理らしい素朴な親しみを感じさせます。
さらに、江戸時代初期に日本を訪れた外国人(南蛮人)が伝えた肉料理「ジビエ(野生鳥獣肉)」が語源ではないかという国際色豊かな推測も一部で語られています。どの説をとるにせよ、武家文化の贅沢さと実用的な知恵が融合し、長い歳月をかけて現代の加賀料理へと完成されていった事実は揺るぎません。