今日でこそ「強烈なリーダーシップ」の象徴となっている長身ですが、和田アキ子の少女時代は、その身体の大きさが深い苦悩の種でした。
手記や過去のロングインタビューによると、彼女の身長が高い理由の根底には遺伝的要素がありました。父親が柔道場の師範を務めており、一族が屈強な体躯の持ち主であったため、和田自身も幼少期から男子顔負けの骨格を持って成長しました。しかし、昭和30年代の大阪で平均的な女子児童の輪に入るには、あまりにも大きすぎたのです。「電柱」や「大男」とからかわれ、同級生と違う自分に涙を流した夜もあったと自著で率直に振り返っています。
靴のサイズが26.5cmから27.0cmに達していたため、当時の日本には履ける女性用の可愛らしい靴がどこにも売っていませんでした。アメリカ軍基地の払い下げ品や男性用の革靴を工夫して履かざるを得なかった経験は、彼女の心に消えない疎外感を植え付けました。
転機となったのは、ソウルフルな歌声を見出されての上京です。ジャズ喫茶で歌っていた彼女の圧倒的な声量は、その強靭な横隔膜と豊かな胸郭、太い骨格があってこそ響く天賦の才でした。「女らしく小さくまとまる」ことを強いられた時代に、彼女は己の長身を武器に変え、ダイナミックなアクションとパンチの効いたリズムで歌謡界を席巻。「ゴッド姉ちゃん」の愛称とともに、巨大な身体性はコンプレックスから唯一無二のエンターテインメント・アイコンへと昇華したのです。